Satya〜正直に〜

ヨーガを学んだことのある人なら

誰もが知っている聖典がある

ヨガスートラ

その中に

Satya〜嘘をつかない・正直であること〜

という教えが記載されている

まるで親が小さな子供に教える

社会生活での規範を説く戒めの言葉

成熟した大人だからこそ

〜正直である〜

それが自他において守られるということが

人間関係においての裏表の探り合いや

起こった事実から広げてしまう妄想

猜疑心・不信感・警戒心

疑心暗鬼から自らを救ってくれるものだと

私は思う

「正直であること」

これは私のモットーなのだろう

この所この「正直である」という話題をどこでもしている私なのだけど

今月の頭に自律神経の勉強会があり

尚更にこの話題は私の中で浮き彫りになった

人間の恒常性を保つため

自分で制御が不能で自動調整してくれている

神経に自律神経があるのは皆承知のところ

よく知られていないところで

その自律神経系には交感神経と副交感神経と同じくして腹側迷走神経と背側迷走神経があるんだよとされている

その腹側迷走神経が機能している状態の私たちは…

優しい笑みを浮かべた菩薩の表情

穏やかな様子で安心を感じる(感じさせる)状態であるという

そして

まさに相手との

信頼関係と互いの気持ちを探り合うことのない猜疑心のないシンプルな状況

これこそがその腹側迷走神経が働いている状態だとされるのではないだろうか

初めましての状況や

相手とまだ距離感がある時

「この人には何か背後に隠れたものがある」と感じる第六感が働いた時

相手の言動の不一致を感じた時には

安心や安全が風の様に去っていく

そしてその緊急事態をカバーする異なる神経系が私を保とうと働いてくれているのだろう

本音と建前の話は

以前ブログで書いたのだけど

「正直な人間で誠実にありたい」と思うということは

相手にもそうであって欲しいという

(ここが問題を引き起こす)

期待と願いがあるという意味だったりもするから

時にそれは厄介な状況を私に見せてくれる・・・

「大人になるって沢山の嘘を重ねていくことなんだよ」

「良い嘘と悪い嘘があるよ」

「本音と建前は大事よね」

っていう人もいるけれど

私はそんなことを考えて生きてこなかったんだろうなと思う

純粋だと言ってしまえばそれまでかも知れないけれど

「この人 言ってる事とやってることが違う!」と知った時の衝撃や否や

私はそのために

自分という車のABS機能の性能の良さを駆使し発揮せねばならなくなる

衝撃から身を守らなくてはならなくなるのだから

「正直でいることに安心感がなかった」

そうせざるを得ない環境下で育ってきた人に接することで

今までの生きた過程

その経験の全てが

現在の状況を作っているのだと

改めて理解することができる

では

どんなに自分にとって理不尽な

理解不能な物事が頻繁に起ころうとも

その人をまるっと受け入れて

愛することができるだろうか・・・

それは腕の見せ所

いやいや

真の心の器の広さが問われる所なんだろうな

幼少期に十分愛されて育ってこなかったという人もいる

大人になる成長過程で

直接的な家族からでなくとも

何らかの関わりで愛を受けることができた経験があるのなら

それは大きな助けになるかも知れない

4歳半までの母親から受けた傷(カシャーヤ)は

一生の傷として残るという

満たされなかった

叶えてもらえなかった

してもらえなかった

それを埋め尽くす様に

他に愛情を求め続けるのが人間なのでしょうね

そうである自分を理解していくと

より目の前の人間関係が良好になっていくのではないかと思う

騙す方が良いのか騙される方が良いのか

正直ものは馬鹿を見るのか

最後は倫理が私を守るのか

最後は何が残るかって?

自己受容ができた自分だったか

できなかった自分だったか

それしかない


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