Trauma

物理的または心理的な外傷のことをトラウマといいますね

人は何かしらのトラウマを抱えているように思います

「私、トラウマないです」という方はいるのかしら・・・とふと思いました。

私は”鳥”が苦手です

あひるよりサイズが大きいとOK

それより小さければ怖いのです

大きいとOKというのは

もはや鳥を鳥と見なすことができないという可笑しな判断

実際、私自身が鳥ではないと思っているオニオオハシなんかは肩に乗せたりもできるわけで

特に苦手なのはインコさん(鳥好きの方ごめんなさい)

そして巷に溢れるハトさん

鳩恐怖症というネーミングがつくくらい実はメジャーな事が分かりました!

何もしないのは十分に分かっています

でもどうしても駄目が克服できずにいます

過去の事件が鮮明に思い出せる程です

忘れもしない小3の頃

鳥好きなお友達が「籠にしまってるから大丈夫だよー」と言ったので

安心して玄関に進み入ったその時

「ほら~」と後ろ手に隠していたインコを私の肩に!

私、血相変えて玄関飛び出し庭先で大転倒・・・

その前にもニワトリに追いかけられたり

草むらを歩いていたらすぐ足元に緑色した鳩がうずくまっていたり

トンボをあげた鴨にくちばしでガッツリ挟まれたり

最初に起きた経験を怖いと認識してしまうと

次に起こることもまた同じだと誤認識し

更にはまだ起きていないことを予測して勝手な思い込みで恐怖に繋げる

私の場合は鳥でしたが

これが人間関係

仕事で一緒になる上司や同僚

学校での先生と生徒

または家族というパターンもあるかも知れないですが

そこに及んで来ると複雑化します

何せ相手は自由意志を持つ人間

プログラミングされた動物ではないのですから

何気無い言葉や態度が諍いの引き金になる事もあります

ヨーガを生活に取り入れていくに従い

周りに繊細に気づくこと

受容できる器の大きさが広がっていくこと

そこに心地良い”自己受容”が起こってきます

すでに満たされていると気づく

Santosha (サントーシャ)である

もうすでに私たちは充たされているのです

本来であれば

そのトラウマと呼ばれるものたちも

自己受容の範囲が広がり

正しいものの見方が備われば

解消されて受け入れられていくのではと考えています

恐れや嫌悪は私自身の無知からやってくるのだから

私たちが考えている私の一部

身体

外の傷は傷口が癒えるのは目で確認できますが傷跡になる場合もあります

他人には見て取ることのできないセンシティブなケースもあります

私が私と考えている心

ここに傷をもつとさらに外側からは決して見えないので

より深遠なる所へ

抱えているトラウマと同じ体験をさせたり

あえて明らかにしていく方法で治療する心理学的療法もありますね

荒治療とも思いますが・・・

効果確認がされているから存続しているんてしょうね

もっと優しく

生きるということの学びを深めて

正しく導いていく方法があるなら

それに気づかせてくれる人が近くにいたり

知識や知恵を育める方法を知れば

円滑に自然や動物とも仲良く共存できるだろうなぁ・・・

“生命”

今度は鳥に生まれ変わってきちゃうかも知れないから

今世で仲良くできるようになればいいな(笑)

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