素直な自分

“素直さ”

私が大切に思っている取り柄の一つ

祖父や祖母は私を丸ごと愛してくれたし

若かった父は私と共に親として成長した

母は幼少期の私を自らの分身の様に愛した為

私が私を見つける度に衝突があったが

今は穏やかな互いの尊重が少しずつ訪れつつある

そんなに良い子でいようと頑張らなくても

周りの世界は私に優しかったと振り返える

愛された子ども時代

人は大きくなる毎に

自分は何かに不十分だとか

足りていないセンスを持ち始める

生きていく中で

足りてないを教えられても

充分足りてるを教えられないのが理由

満足よりも不足だから足すという発想

人前に立つ機会が割と多く

緊張の中に注目を浴びることは満更でもなかったけれど

前に出れば出るほど自分に自信を持てなくて

私にはまだ何かが足りないと強く思った

人前に出る事を躊躇しない大胆な私

反面

内側では大丈夫だろうかといつも不安になっていた

私の中の”自信”はかくれんぼをして

いつも難しい見つけにくい場所に隠れてしまって

なかなか光の当たる場所に出てきてくれないから

“みーっけ”と声をかけてあげられなかった

今の私なら昔の私にもっと自分を信じてあげる術を教えてあげれたかもしれない

人前でどの様に振る舞えば良いのか

人からどう見られるか

どの様に見えているだろうかと気にしながら

ショーウィンドウに映る自分を何度も見返していた

『誰もあなたのことをそんなに気にしてはいませんよ』と聞こえてきそうなのに

“ショーウィンドウに映る自分” = ”自信が不足している自分”と考えている私は

実態のない自分らしさを纏った自分に翻弄される

ショーウィンドウに映ったものを捉える道具の目は

最初に見えるはずの“窓ガラス”の存在を瞬時に越えて

窓ガラスが光を反射させて映しだした実態のない自分ばかりをハイライトする

映し出されている自分こそが自分であると思い込む

もしかしたらマジックミラーかも知れないのに!

私たちはいつの間にかMitya ミイッテャーをSatyamサッテャムとを逆に捉えてしまう

リアルでないものをリアルと見てしまう

まるで鏡に映る自分を自分自身と勘違いしてしまうかの様に

“自分らしさ”って何

何を自分らしさと捉えますか?

あるがままを先入観や固定観念なく受け入れる

純粋さと素直さ

表裏一体

コインの表も裏も

建前と本音も

陰と陽も

元を正せば見えている側面が違うだけ

全部自分

決して分かれてはいない

過去の振り返り

許し

アダルトチルドレン

インナーチャイルド

過ぎ去った日々はもうただの経験

返ってきた結果に善も悪もありません

いつも空は広く

この体験している世界は

雄大にその空間に私を収めてくれています

素直な私でいられることに有難う

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