Mentor and Myself

あなたのメンター(相談者、助言者、師という意味)は誰ですか?

実際に会ったことのある人ですか?

近く親しい人ですか?

又は 尊敬している人ですか?

まだ出会ったことがないのなら

乗り越えるのが困難と感じる事件が起きた時

メンターとなる人が目の前に現れたりするのかも知れません

もちろん現れないケースもあります

障害を乗り越えると考えるのであれば

それは人でなくとも良いでしょう

本やブログ

音楽やアーティスト

夢中になれる趣味であったり

愛情を注げるペットなどであったりするかも知れません

立っているのも辛く

酷く気が滅入ってしまった時は

そういったものが一時の支えになってくれるのかも知れません

しかしながら

それらは一過性のものであって

永遠ではない

限りのあるものなのです

もしあなたが今落ち込んでいる状況に少しでもあるなら

自分が自分へ帰る

自分をより知っていくチャンスだと思うのです

私たちは私たちの人生のドラマを演じています

繰り返し 繰り返し 繰り返される 生

そのサイクル(サムサーラ)から抜け出す方法を知らずに

巡り巡っています

成し遂げられなかった思いを持って死すので

未解決な感情や気分をもとにまた生まれます

このサイクルを繰り返します

鏡の中に自分を見る時

鏡に映る私らしさの溢れた身体を私とし

沸き起こる感情や気分がまるで私だと思い込みます

“怒り”がやってきた時

正に鏡に映ったこの身体の顔という部分には

不機嫌さが現れ

「怒った顔してる ○○に腹が立ったんだ! 許せない!」

という考えが湧いてきて

全てがこの身体の中から発生しているかの様に

全てはこの身体の中に集約されているという概念に翻弄されます

そこで

何かによって癒されよう

誰かに愚痴を言って鬱憤を晴らそう

嫌だった事を紙に書いて捨てるとか

好物のものを食べるとか

大声で叫ぶとか

様々な解消法が囁かれます

なかなかここから抜け出せません

どんなメンターがいたって

自分の感情や気分や考えに責任を持てるのは

とどのつまり自分でしかないのです

これには何が必要なのでしょうか

知識の理解です

鏡の中に見たのは個人の観念に囚われている私らしさのあふれた身体

本質である意識はいつも変わらずそこにあります

意識は考えを輝かせて

この肉体を通して世界を見ているのに

個人らしさが出た私はそれを知りません

いつも

この肉体の中に

この感情の中に

この考えの中に

間違ったものの見方を続けます

この身体は何十兆個もの細胞で満ち溢れ

超知的に組み合わされて

いかにも私らしさを装い生きています

美しい景色や自然の美に身を投じた時

1番に何を感じますか?

そこには

視覚で捉えた景観の美しさがあります

聴覚が音を拾い

嗅覚が芳しい香りを区別し

次々と五感で捉えられる範囲のものがやってきます

ですが

何とも説明できない満足感を覚えたのは一体誰?

何なのでしょうか?

私の肉体ですか?

私の考えですか?

私の感情ですか?

私の五感ですか?

いいえ

その考えですら

感情ですら

五感ですら

意識によって輝かされているのです

アーナンダ(至福)は本質である源にあるのですね

大学時代に訪れたイタリア

ナポリの駅で声をかけられたスーツ姿の小さなおじさんの車に乗り

ナポリからソレントを周りました

今でこそ世界遺産に認定されたアマルフィ海岸ですが

当時からその景観は息を呑むほどの美しさがあり

値する言葉が見つからない程でした

人の出会いは不思議ですね

最初は危険な目にあったらどう逃げようかと考えたりしていましたが

とても紳士的で上品なおじさんでしたよ

あの時の思い出と共に

いつかまた訪れてみたいものです

ちょうど今頃の季節に訪れたソレントに思いを馳せて

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