Fairness

〜公平さ〜

“公平を保つ”

なかなかこれが難しいですね

特に子どもや家族

大切だと思っている仲間の身に何かが起こった時

同調したり

共感したり

肩を持ったりしがち

味方につくことが原因で

起きている物事を偏った見方で見ると起こります

根源には大いなる水流があり

起きた事は波流の一部

右へ左へ

二転三転し

思うようになることは難しい筈なのだけど・・・

ドイツにいる息子から

このコ☆ナ禍のせいなのか

帰国1週間を切った途端にホストマザーとの関係が

悪化してしまったと連絡を受けました

コ☆ナが怖くて出かけてもらいたくないだけ?

外出ばかりするから?

他の要因がある?

そこで

今までの経過を洗いざらい息子と見直してみることにしました

私は”なるべくしてなった”と思いました

それでも息子の説明だけを聞くと

理解のないホストマザーだなぁ・・・と知らず知らずの内に

一度も会ってもいない人をジャッジする自分がやってくるのが見え隠れしました

友達と遊んで帰る時にPCRを受けるまで家に入れてもらえなかったり

旅行から疲れて帰ってきた翌朝は

話も聞かずに着の身着のまま追い出されたりもしたと息子は言うのです

ここだけ聞くと

「うちの子になんて酷いことを!」と

感情的に息子の意見に同調してしまいます

しかしながら

私たちはそれぞれの善悪の基準があり

それを一般常識などと言いながら

あくまでも自分の判断基準において

相手を判断しがちです

起こっていることに気付き

自身の考えを修正していくことが既に整っているのであれば

今世での素晴らしい学びを得る段階に到達しているとでも言えるでしょう

人は近ければ近い関係であるほど

その人を自分の内に住まわせます

「私にはこうして欲しい」

「私にはこう振る舞って欲しい」

「私にはこうあるべきよ!」というように

その相手は自分の外にいる人なのに

決して私の内に住んでいるのではないのに

私はあなたのことはよくわかってるんだから!

また絶対こうするんでしょ!

私にこんなことして良いの!

私は○○であなたは○○でしょ!

という様に・・・

いつの間にか私の外の人は私のこうあるべきの姿(全て私の妄想)まま

私の内に住んでしまうのです

私たちは外にある自然に向かって

こうあって欲しいなどと思わないけれど

人にはそう求めてしまいがちです

相手を自分の内に住まわせない

シンプルでベーシックな自分に留まります

忘れず思い出すのです

気づく努力をするのです

私は私に落ち着くベーシックな人間だという事にしっかりと意識が向くと

公平さや受容や許しが自然と湧き出てくるものなのだと思います

この世界に衝撃を及ぼしている現状でも

息子を受け入れてくれ

1年間のホストファミリーとして

最後まで家に置いてくれた家族に対して思うことは

“ありがとう”という感謝のみです

互いに分り合うために必要なのは

コミュニケーションである事を息子は学んだ事でしょう

失敗という概念はありません

気付けたチャンスを与えてもらえたことに感謝し

また新たに羽ばたいて行って欲しいなと

母はもう一つの扉を指差しながら

息子の掌に鍵をのせます

高校生活ももうすぐ終わります

これからどんな世界へ向かっていくのか

一人の人間として

母として

理解者として

楽しみに眺めていきたいなと思います

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